Kelloggはシカゴから車で30分離れたエバンストンという町にあります。日本から直行便が到着するオヘア空港からもタクシーで40分程度と非常に好立地です。かつてのエバンストンは飲み屋もほとんどなかったと教授陣は懐かしみますが、今ではバー・レストランはもちろんのこと映画館や高級マンション等も建設され、ノースウェスタン大学の学生とシカゴダウンタウンに車で通う富裕層の町となっています。アメリカの都市とは思えないほどきれいなのに加え、治安も非常に良く、バー等から夜中に女性がぶらぶら歩いて帰っても全く心配がないほど安全です。その環境もKelloggがファミリーフレンドリーと呼ばれるゆえんではないかと思います。
エバンストンライフの最近のブログ記事
「健康的な食事」は、留学生活で最も確保の難しいライフライン。食事には、外食、自炊、弁当・テイクアウト、誰かに作ってもらうといったパターンがある。ただ、残念ながら、自分には今のところ誰かに作ってもらうという選択肢はない。
食事について考えるべき評価軸は、スピード(時間)、健康度、お金、料理の技術の必要性、味として、評価レベルは3段階で、良い順に、○、△、×としてみる。なお「技術」は、自分に料理の技術が必要なくて済むほど評価が高いことにしよう。
食事の選択肢の評価
時間のない生活では、相反しやすい「スピード」と「健康」の両立が課題になる。日本のように、ある程度健康的な総菜屋などがあれば、一発解決だ。だけど、米国にはない。
自分のニーズと食事の選択肢の評価を比べると、スピードを最重視した場合は、弁当・テイクアウトが解になる。ただ、これでは、健康を確保できない。健康がクリティカル・ファクターだとすれば、選択肢は自炊ということになる。問題は、自分のニーズと乖離している、「スピード」と(自分の料理の)「技術」の向上がどれだけ可能か、という点だ。だから、料理のスピードを向上するオペレーション改善は、ライフライン確保のための必須の取り組みなのだ。
自炊の目的は、野菜を多く使った健康的な料理を作ること。野菜は、炒める、煮る、蒸すなどすることができるが、今回は「煮る」を取り上げ、シチューを作る。
シチューを作るには、次の様なプロセスをたどる。
このプロセスでは、「煮る・アクを取る」を終えるまでに45分かかる。それ以降のプロセスの料理時間は、電磁調理器を使えば、それほど神経を使って見張る必要はないので、あまり気にする必要はない。
さて、1食あたりの料理時間は、「1食あたりの料理時間=料理時間÷食数」のように考えることができる。料理時間を変えずに、食数を増やすことができれば時間短縮になる。例えば、シチューであれば、料理時間は1食分でも5食分でもそれほど変わらない。したがって、時間を節約する有効な方法の1つが、1回の料理で大量生産して食数を増やすことだ。
このようにすれば、例えば5食分作れば、1食あたりの料理時間は、45÷5で9分となり、スピードは、弁当と大体同じ「良」の水準となる(ただし、食材の調達時間は、ここには含まれていない)。だた、そのつもりで、大量に作って、火を入れながら3日ほど常温保存したころ、酸っぱくなってしまった。そこで、常套手段である「小分け冷凍保存」を行うことで、数日に渡って、シチューを食べることができるようになった。
ただ、この方法では、大量生産した一種類のシチューしか食べることができない。上記のプロセスを辿って、別のシチュー系料理のクリーム・シチュー、ハヤシ・ライス、カレーなどを作ることは可能だが、冷凍庫内のスペースには限りがある。次々に大量に作って在庫を過剰に積み上げることはできない。
そこで、もう一度、プロセスを確認しよう。各シチュー系料理は、「煮る」までのプロセスを共有している。ここで出来上がっているのは、かなりダシの効いた肉野菜スープだ。ちなみにこのスープは、そのままでも十分においしい。
この共通プラットフォームに各シチュー系料理の元を加えて行く訳だが、その際に、このスープをより小さな鍋に分けて移し、その時食べたい元を加えれば、好きなシチュー系料理を少量ずつ食べることができる。時間的なコストを抑えたまま、多品種少量生産が可能となる。
元となる大きな鍋のスープは、分けて煮詰めたシチューに比べかなり水っぽいので、火を継続的に入れても焦げず、保存が利く。あるいは、このスープを少し煮詰めて濃縮して、ボリュームを減らした上で小分けにして冷凍し、解凍時に水を加えて、各種シチューの元と混ぜで煮込む、という方法も採れる。
このようにして、シチュー系料理におけるスピード、健康、味(バラエティ)、お金などの要素を同時に改善することができる。自分にとっては発見だったが、料理をよく知る人には、当たり前の「生活の知恵」に過ぎないのかもしれない。
チケットは23ドル。開演時間となり、ブロードウェイのミュージカルの劇場を一回りか二回り小さくしたようなステージに、小柄なアジア人の女の子が登場した。従えるアメリカ人のバンドメンバーに比べて、どうしても小柄に見える。客層は、アジア人9割といったところ。自分はその女の子が日本人だと知ってはいたが、米国に暫く暮らしてアジア人を一括りに見る癖が付いてしまったせいか、彼女に対して「日本人」というよりは「アジア人」という印象を持った。
彼女は、英語のポップスを4、5曲ほど続けて歌った。どれも知らない曲だった。
彼女のMCの一言目は「So close!」だった。観客との距離が、普段より大分近いと感じたのだろう。確かに、ライブハウスに近い空間だった。
彼女が観客に英語で語りかけるのを見るのは初めてだったが、自然だった。彼女は、米国で良く出会うABC(American Born Chinese)などアジア系米国人や米国に永住権を持つシンガポール人などと似た雰囲気を纏い、彼らが形成するアジア系コミュニティーにも自然に溶け込めそうだと感じさせた。
「I’m bilingual, so are you ready for some Japanese songs?」と彼女は言って、「光」、「SAKURAドロップス」といった日本語の曲を歌い始めた。観客が沸いた。やがて「First Love, please」といった叫びが会場のあちらこちらから上がった。スクリーンには「Utada」の文字がきらめく。
彼女の米国でのパフォーマンスはいろいろな点で割り引かれている。チケットの価格、音響設備の質、観客動員数など、全て日本での公演を大幅に下回る。「宇多田ヒカル」という確立したブランドも、「Utada」という未知数のブランドに置き換わる。それでもその場所に彼女がいたのは、やはり彼女がそこにいたいと思っているからだと感じた。彼女がその場所で見せた顔は、日本での顔とは少し違うはずだ。彼女は、ずっとその顔を求め続けてきたのではないか。2004年の米国デビューアルバムのタイトルを「EXODUS」としたのもそうした気持ちの表れではなかったか。
彼女がFirst Loveを歌い出すと、驚いたことに多くの観客が日本語の歌詞を口ずさんでいた。香港、台湾、韓国、シンガポールなどでもヒットした曲だ。Automaticのイントロが流れ始めると会場はさらに盛り上がった。
12年前の1998年夏、大学3年生の自分はニューヨークにいた。2カ月間、自己確認作業をして進路を判断しようとしていた。帰国すると、ニューヨークで知り合った友人から、新人アーティストの曲を勧められた。「英語が上手い、15才の女の子のデビュー曲だよ。」宇多田ヒカルのAutomaticだった。
彼女の登場以来、一青窈 、BOA、クリスタル・ケイといったバイ/マルチリンガルのアーティストが増えた。iTunesなどで探せば、英語の堪能な日本人アーティストを数多く見つけることができる。そうしたアーティストは、以前の邦楽に「混じっていた」英単語ではない、異質な文化的背景を感じさせる言葉を紡ぐ。
こうした変化を考えると、2つの疑問が生まれる。第1に、異質な文化をリアルに感じさせるものに対する需要が日本に生まれているのか。日本人アーティストは、日本市場の需要に応えてこそ存在できる。これまでの日本市場において、英語の歌詞などは曲にスパイスを加える程度のものでしかなかった。それが変わったのか。第2に、近い将来のアジアにおいて、汎アジア的なトレンドがローカルな市場をリードすることがありえるのか。
仮説を考えてみよう。1点目については、YESだ。日本市場では、文化の成熟、細分化が進むにつれ、よりリアルなものが求められるようになってきている。R&Bのグルーブ感であれ、単に英語の歌い方であれ、歌い手が、生まれや育ちの関係などからその文化的な背景まで取り込み、本物のエッセンスを加えた表現をすることが求められるようになってきた。
2点目を考えるにはより長期の視点が必要だ。これまでアジアのトレンドは日本がリードしてきた面が大きい。しかし、今後、アジア経済の融合と日本の相対的な影響力の低下がさらに進めば、アジアの文化的トレンドはアジアの先進経済圏と米国を結ぶ面の上に形成されるものにけん引されていく可能性がある。日本で異質な文化に対する受容度が高まりつつあるのは、そうした動きに対応する兆しとも捉えられる。
国レベルの市場特性に加えて国境を跨ぐ地域レベルの市場特性を有する新たな複合市場が形成されれば、マーケティングはクロスボーダーな取り組みとなり、消費者に対する洞察も、これまでとは異なる視点が必要になってくる。加えて、ネットの発達は、そうした動きを後押しする方向に働く。ただ、そうした変化がどの程度の速度で起こるのかという点を読み解くことは簡単ではない。
House of Blues is one of the most popular blues/jazz clubs in Chicago, located in the center of the city. I always wanted to visit and recently I finally got the chance to go.
The ticket was 23 dollars. The stage was somewhat smaller than those of Broad Way theaters. When the show started, an Asian girl appeared on the stage. Compared to her American band members, she looked quite tiny. Audience was about 90% Asian. I knew that the girl was Japanese, but I had an impression that she was “Asian” rather than “Japanese.” This is probably because after living in the U.S. for a while, I started to recognize all Asians as one group.
She sang 4, 5 English pop songs. I did not know any of them. “So close!” Those were her first words she spoke. She must have felt that the distance between she and her audience was much closer than what she is used to. The place indeed had a good live house feeling.
I have never seen her speak to the audience in English. She was natural. She had a similar vibe as ABC (American Born Chinese) or other Asians that live in the U.S have. I felt that she would naturally fit to any Asian communities in the U.S.
“I’m bilingual, so are you ready for some Japanese songs?”
She started to sing Japanese songs such as “Hikari” and “SAKURA Drops.” The cheer got louder. “First Love, please!” People screamed from different parts of the floor. The screen projected glittering letters of “Utada.”
Her performance in the U.S. is discounted heavily in many aspects. The price of the ticket, quality of audio equipments, and number of audience all fall below the level she can expect in Japan. The outstanding brand “Utada Hikaru (in Japanese characters)” is also substituted with “Utada,” a brand with value difficult to estimate. Nevertheless, I felt she was there because she wanted to be there. The face she showed that night should have been a little different from what she has in Japan. She has always sought other ways to express herself. If not, why would she name her U.S. debut album “Exodus”?
When she started to sing First Love, surprisingly, a lot of people sang along in Japanese. The song was also a hit in Hong Kong , Taiwan, South Korea, and Singapore. When the intro of Automatic started, the crowd got even louder.
In summer 1998, 12 years ago, I was staying in New York for two months. I was a junior in college and was trying to put my thought together about my path after college. When I got back to Japan, a friend recommended a song of a new artist. My friend said, “It’s a debut song of a 15 years old girl who speaks fluent English.” It was Utada Hikaru’s Automatic.
Since the advent of Utada Hikaru, many bi/multilingual artists, such as Hitoto Yo, BOA, Crystal Kay gained popularity. If we search online services such as iTunes, we can easily find Japanese artists such as Emi Maria, Jay'Ed, BENI, May J., Emyli, and Kagami Seria, who are bi/multilingual. Those artists spell lyrics that are different from those of previous artists that used English just to add flavors to songs. The new artists deliver some very different foreign cultural context.
Thinking about such changes in the pop culture, two questions arise. First, is there a new demand in Japan for things that deliver different cultural context? Japanese artists (or artists based in Japan) can only exist by meeting the demand of the Japanese market. Second, in the near future in Asia, is there a possibility that pan-Asian trend will lead local markets?
Here are some hypotheses. The answer to the first question is yes. In the Japanese market the pop culture is getting matured and increasingly segmented. As a result, people are demanding things that are real, be it the groove of R&B or simply how the English lyrics are sung. Artists are required to express things that contain the essence of realness that artists acquired through their life.
Second point will require more long-term perspective. To date, Japan has had significant influence on pop culture in Asia. However if the convergence of Asian economy and relative decline of Japanese influence continue, Asian cultural trend might be led by things that are born in the area connecting advanced Asian economies and the U.S. The increased Japanese acceptance towards exotic cultures might be understood in such context.
If such new compound market, a market that has both country and regional level properties, develops, marketing will be a cross boarder effort and consumer understanding will require new perspectives and insights. Advancement of network technology will accelerate such trend. The difficult question to answer is how fast such change might happen.
先日からいよいよ1年の最終学期となる春学期が始まり、時の経つ早さを実感するばかりとなっているYKです。今回は、前回ご紹介したクラブ単位のパーディーに引き続き、もう少し小規模で個人的な付き合いのパーティーについてご紹介したいと思います。

私は嫁と二人でこちらに来ていますので、時々、受験生の方から嫁さんの生活について聞かれることがありますが、エバンストンは本当に安全かつ便利という家族持ちには最高の生活環境という印象です(嫁もここでの暮らしをえらく気に入っているようです)。JV(Joint Venture: 嫁・旦那・彼女・彼氏を含めたSignificant others)に対するKellogg側の受け入れ態勢も万全で、様々なクラブも基本的に学生だけでなくJVにも門戸が開かれています。今回は、少しでもこちらでの家族の暮らしぶりを知って頂けたらと思い、私の嫁さんが参加しているKelloggarhythmsという女性アカペラコーラスグループについてご紹介させて頂きます。

何気にかなり好評だった前回の奥様ブログ記事(僕自身の記事よりも全然読まれてたって噂も...)。今回は第二段です。

そろそろ一部の1st roundの合格者の方が学校選びで悩み始めるとともに、もう暫くすれば2nd round以降の合格者の方も家族も含めて最終的にどの学校に行くべきかを考え始める頃だと思う。自分の場合は丁度渡米の直前に結婚して奥さんを連れてくるというケースだったため、最終的な学校選びに於いて彼女と一緒に意思決定をすることになった。
今日(執筆日12月29日)は我がKelloggの所属するNorthwestern Universityアメフトチーム、Wildcatsが強豪Missouriと対戦するValero Alamo Bowlの試合がESPNで放映されていたので、ビール片手にソファーで観戦した。
12月の最終週は大学アメフトのシーズンの集大成である、bowl gameが多数行われるbowl weekだ。各地のリーグの上位チーム同士がリーグを跨いでプレーオフ的に試合をする。LAにあるUCLAのホームスタジアムであるRose StadiumでBig10代表とPac10代表が激突するRose Bowlが有名だろうか。一年のうちでもこの時期は大学のアメフト/バスケ、NFL/NBA/NHLが全部見られちゃうという、スポーツ好き(つかスポーツ馬鹿)の自分にとっては正に夢のような時期だ。外も寒いし、ついつい家の中で試合を見続けてしまう。マジ堪んねえ...
今回は記事のポートフォリオの幅を出すべく、ちょいと趣向を変えて、敢えて毛色の違う記事を一発。ま、たまには気楽なのもいいかなと思いまして...
エバンストンの日常生活の一場面と、奥様向けの生活情報。というわけで、うちの奥さんのブログから記事を拝借。ハードな学校生活だけじゃなく、こういうのもMBA留学の大事な一面、そして何よりも、家族の幸せはMBA留学の前提条件ということで。
いやー、エバンストンの夏は、カラッとしてて、雲も少なくて、暖かい日差しで最高です。シカゴ人の多くは、「シカゴの夏の美しさ、素晴らしさは、(泣いちゃいそうな)冬の厳しさに耐えたことの御褒美だ!」と言って、いろんな野外イベントをやったり、遅くまで外でゆっくり食べたり、飲んだくれたり、夏のアウトドアを目一杯楽しみます。