学びの有機的なつながり (2)

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かつて、ケロッグにおける学びの有機的な繋がりについてブログ記事を書いたことがある。本日、同じような気づきがあったので、改めて書いておこう。

本日の午後2番目の授業、「アドバタイジング・ストラテジー」にて、ある大手石鹸ブランドの複数国での広告戦略のケースを学んだ。
各国で消費者インサイトが異なる場合に、それぞれに合ったメッセージを作ることが重要とのことだった。
具体的には、「女性の美」に関し、米国では、「作られた美ではなく、素のままの美の再認識」が新たな消費者インサイトとして認識されて、より自然な素顔の女性に焦点を当てた広告が展開された。
一方、中国では、「女性は(作られた)美を獲得できる」との消費者インサイトの下、真逆の、作られた美を追求するような視点に焦点を当てた広告が展開された。

自分が違和感を持ったのは、ブランドにそれぞれ固有の価値観というものがあるのであれば、異なる国で、「女性の美」に対する異なる価値観や思想を示すのは、不誠実ではないかということだった。
共通する消費者インサイトが各国にあるのであれば、その表現方法をローカライズすることは当然のことだ。だが、各国で対立する消費者インサイトがあるときに、ブランドがどう対応すべきかは難しい問題だ。
この点を教授に聞くと、現実問題として各国のブランドマネージャーの意向を擦り合わせることは容易ではなく、また、各国で異なる消費者インサイトに合わせることで問題が表面化することはほとんどないとのことだった。

しばらくして、夕方の時間に、ハリー・クレイマー教授が新著「価値観から行動へ:価値観に基づいたリーダーシップ」の発売記念講演を行った。その中でクレイマー教授は、「価値観に基づいて行動できるリーダーの条件の一つは、真の己を知り、真の自信を持つこと」と述べた。
さらに、「相手に合わせてコミュニケーションのスタイルを変えることは重要だ。しかし、自分を偽ってはならない」と述べた。
つまり、信頼を得るためには、相手によって表現を合わせることは重要であるとしても、自分自身を知り、自分を偽らないことが必要だということだ。

翻って、前述の石鹸ブランドの施策が、相手によって表現を合わせたものなのか、あるいはブランドの価値観を偽っているのか(あるいは価値観がそもそも無いか)は自明だ。
もし、ブランドも人と同じように信頼を得ていくことが重要だとすれば、ネットの時代、そうした対応は長期的にみてブランドに対する信頼を損なうことに繋がる可能性もある。

このように、MBAでは、まったく違う分野の話が有機的につながることが多々ある。

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このページは、NTが2011年5月 5日 22:51に書いたブログ記事です。

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