2年間を過ごしたケロッグにおいても、後は卒業式を残すのみとなった。今回は、これまでの生活を振り返りながら、「ビジネススクールで何を学ぶか?」というテーマについて書きたいと思う。もちろん、この問いに対する答えは、同じケロッグで学ぶ学生の中であれ十人十色の解があることで、一般化できるものではない。だから、このブログで書くことは、あくまで私見でしかないということを理解したうえで読み進めていただきたい。なお、このブログ記事は、以前同様の内容で書いた記事を修正、加筆したものである。

アカデミック面におけるMBAの価値
ビジネスで成功する人の中でも、MBA留学をする人は基本的には少数だ。留学前、私は米系投資銀行のM&Aグループで働いていたが、金融のように特定分野での専門性を掘り下げることを求められる仕事をしていると、同僚の間でも「ビジネススクールに行っても仕事に生かせることを学ぶことはできないよね」という話になりがちだった。留学が決まって会社を辞めるときも、ある上司から「仕事は職場で学ぶもので、学校で勉強するものではない」と言われた。キャリアチェンジを理由に転職したいという人も多いだろうが、多くの人は社内の異動や転職を通じて実現する。例えば、CEO/COOの仕事に近い経験をしたいのであれば、戦略系コンサルティングファームや事業会社の経営企画部門への転職を考える人も多いだろう。
では、わざわざMBAにこだわる理由は何なのだろうか?もちろん、MBA留学には端的に仕事のスキルを高めることだけでなく、人間的に成長すること、海外経験を積むことなど、より大きな視点からの意義も見出せる。ただ、あえてビジネスを学校で学問として学ぶこと自体の意義を考えると、それは何だろうか?私個人としては、「経営者の視点で、企業を一つの生き物のように全体感を持って考える」ための学びに、一つ大きな価値があるのだと思っている。そのために、20-30代に一度社内での限定的な職務を離れて、ビジネススクールで学ぶ価値がある。
ここで重要なのは、経営者の価値と挑戦は、「様々な企業活動を全体として調和するように指揮すること(Orchestration)」であるという点だ。経営者は、社会、会社組織、戦略、マーケティング、オペレーション、財務、その他の様々な分野における考慮点を個別に解決するというよりも、それらの要素を組み合わせた全体について考える力において能力を発揮することが求められるのである。企業にとってこのOrchestrationができる人材の重要性は強調しても強調しすぎることはないだろう。企業経営は、「あれもこれも」やるということではなく、「あれはやらない、これはやる」という取捨選択の連続だ。努力を分散させてしまっては激化する競争の中で、長期的に勝ち残るのは極めて難しい。選択された努力に一貫性があって、中長期的に投資が行われてこそ、他の企業が真似しようとしても真似できないCompetitive Advantageが生まれるのである。多様な企業活動を束ねて、一貫性・継続性がある判断を行う上で価値を発揮すべきなのが経営者なのだ。
代表的な分野の概観
理念的な話はわかったとして、以下、主要なビジネス教科(Strategy、Marketing、Operation、Innovation、Organization、Finance)がどういう学問であるかを簡単にであるが説明する。なお、MBAのカリキュラムは、実社会で「実務家」、特に経営者として活躍する人材を育成することを想定して内容が組まれており、同じビジネススクールでも特定分野の「研究者」を目指す学生とは異なる教育を受ける。
Strategy(狭義):ここでは学問としてのStrategyという意味で用いる。Strategyの分野は、ミクロ経済学を理論的基礎として議論されることが多い。経済学者によらない識者によるStrategyの議論も少なくないが、HBSのMichael Porterも、ケロッグのDavid Besankoもその他の多くのStrategyの教授もミクロ経済学者だ。
比較的歴史が浅い学問でもあり、何がStrategyの本質であるかという点でも議論が分かれる。現実のビジネスの世界では、Strategyという言葉は、いかようにも使われてしまっている。主流的な意見は、Strategyは「ポジショニング」だとし、「あれもこれもやる」ではなく、「あれはやらない、これをやる」というトレードオフの選択が重要だとする。その前提として、競争環境についての分析と、他社が真似できないCompetitive Advantageが何かという議論に重きを置く。
Marketing:「セグメンテーション」、「ターゲット」、「ポジショニング」についての思考がコアとなる。Strategyと比べて、分析手法が、定量的リサーチ手法も含めて発達している。また、「ポジショニング」を規定した後に、どのような顧客に対して、どこで (Place)、どういった商品を(Product)、いくらの価格で(Price)、どう訴求するのか(Promotion)、ということを考える。Strategyとして研究され、教えられている内容は「ビックピクチャー」であるが、Marketingにおいては、より具体的なレベルに掘り下げた議論がなされるのだ。また、ミクロ経済分析が時に人間を合理的なロボットのような存在にして論理構築をするのに対して、Marketingにおいては、現実の消費者のBehaviorへの考察もより重視されるように思う。
Operation:単に戦略の実行を効率的に行うという面だけではなく、戦略を考える上でもOperationの視点が不可欠である。この点の重要性は、Operationをコアの強みとして戦略を構築している会社(トヨタ、ウォルマート、デルなど)の例を考えれば明らかだ。
例としてウォルマートのEvery Day Low Price(EDLP)を考えてみよう。マーケティングの視点からは、EDLPよりも時期限定/商品限定の売出しを設けるなどして、プロモーションの効果を積極的に活用した方(Hi-Lo Pricing)が売り上げが伸びるという結論が導かれ得る。しかし、EDLPには、オペレーションの視点から様々な利点を見出しうる。例えば、EDLPを採用すると売上高が比較的安定して推移し、効率的な生産・流通活動が行いやすくなる。また、EDLPというのは、ウォルマートの根本的なStrategyポジションを、消費者に非常にわかりやすく、魅力的に訴えられる方法だ。結局、EDLP一つを採用するか否かにしても、根本的な戦略との整合性、顧客のニーズや消費心理、更にはオペレーション面の考慮点などを包括的に考える必要があるのだ。

Innovation:あまり多くを語れる立場ではないが、まだ比較的新しく、広く体系化がなされている学問ではないと言えるだろう。Innovationという言葉は、Operationにも、Marketingにも使えるので混乱するが、MarketingとOperationとも異質の企業活動として、ここではR&D/NBD (New Business Development) に限って議論をする。Innovationという活動そのものを学問として体系付けているというよりも、Innovationを起こすための組織作り、ワークプロセス、そしてその成功例を学ぶのが中心になっていると思う。Innovationは、クリエイティブ性溢れる技術者やデザイナーに任せてよいというわけではなく、ビジネスとして成功するためには、緻密なマネジメント・プロセスを設けないとならないというのが重要だというのが肝である。
Organization: どんなに素晴らしい戦略も、組織なしには実現しない。事業環境が目覚ましく変化するなか、戦略が変われば組織も変わらなければならない。この点、環境対応のボトルネックとなるのは、新しい戦略の立案ではなく、戦略を実行する上での組織の問題であることが多い。
広義のStrategy分野では、Organizationについても経済分析の切り口で分析の対象としている。特に、インセンティブの設計や、組織統合の経済性が主要な論点だ。ケロッグにおいても、Management & Strategyという分野が狭義のStrategyとOrganizationの両方の分野をカバーする。
一方、組織マネジメントの問題は、人間のBehavior(行動学や心理)を考察の対象とする必要性が高い。そのため、Behavior論の学者が提唱する組織論がある。ケロッグでは、Management & Organizationにおいてカバーされる。

Finance:Discounted Cash Flow法などの投資評価の理論と、負債・資本構成の理論の二つが、経営者として知っておくべき大きな二つの論点だといえるだろう。
その他の授業は、企業経営とはやや離れた内容であることが多い。経営者の視点を養うという上では、必修科目であるFinance I/IIをしっかりと学べば、理論的な面はほぼ足りるというのが私の意見だ。加えて、演習のクラスで、ハードなDCFなどをやるのは非常に有意義だろう。実用的な目的なく特殊領域の授業を履修するより、むしろ、マーケティングやビジネスのケース/プランを行ううえで、事業に密着して財務面をしっかりと考えるようにする癖をつけるのが重要だと思う。
一方、ファイナンスを第一専攻とし、ファイナンスのキャリアを目指すようであれば、自分の専門領域をしっかり持って深堀りした勉強に意味がある。
(その他の学問分野については省略をする。)
最後に
このブログ記事の内容は、あくまで一つの意見として参考にしていただければ幸いである。特に学部時代に商学部で学んだとか、戦略コンサルティングファームで長い経験があるとか、すぐにでも起業がしたいというアイデアと気力がある方は、別の視点での学びのモチベーションがあるのはよくわかる。後進の在校生の方には、別の視点からの続編を期待したい。
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