北京大学交換留学記(4):天津伊勢丹の成功に学ぶ - 留学体験の総括

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中国市場では、消費者が多層化し、消費行動も大きく変化するというダイナミックな動きが物凄い規模で進んでいる。そのような中国において、小売の売場や、消費者の行動を実際に見て歩いてみることはなかなか面白い。そこで、限られた時間ではあるが、観光客が行かないような売場を意識的に見てまわった。例えば、中国系の流行りのデパートやモールから、外資系が関わっているような高級モール、大衆的な大商店街、そして一昔前の中国にタイムスリップしたかのような安く古く庶民の生活感溢れる市場などへ行ってみた。

その中で、立ち寄った日系のデパートが天津伊勢丹だ。行く前には予備知識はなかったのだが、後から調べてみると、そこには非常に面白いストーリーがあった。私の中国における経験はたった3か月だが、天津伊勢丹のストーリーを借りることで、日本人が今後中国とどのように向き合ってゆくべきかという命題を考えることを、最後の稿のトピックとしたい。

 
天津伊勢丹に立ち寄る

天津は北京から電車で1時間のところにあり、1000万人以上の市民が住む巨大な都市だ。北京に比べて、都市中が工事中という感じで雑然としていて、環境汚染もひどいと感じた。そんな天津で、タクシーに乗り、繁華街にある伊勢丹の場所を地図で運転手に指し示した。すると運転手は、怪訝な顔をして地図を眺めた後、「おまえ、なんだ、伊勢丹に行きたいのか」と納得がいったような顔で言ってきた。「伊勢丹」を知っているとは思わなかったから、日本人として嬉しい驚きであった。後でわかったが、天津伊勢丹は天津で最高の百貨店と認識され、中国全土でも最高レベルの百貨店としての地位を築いている。

伊勢丹に到着し、売場を一回り歩いてみた。まさに東京にある伊勢丹がほぼそのまま天津に移動してきたかのような売場づくりだ。建物内装の感じも、レイアウトも、ブランドも、商品も、値段も、どれも馴染みのある作りである。それがまた驚きだった。

 4-1.jpg                                           (天津駅)

 

天津伊勢丹の成功

 「十五億人を見方にする 中国一の百貨店 天津伊勢丹の秘密」という本がある。天津伊勢丹元社長の稲葉利彦氏による最近の著作だ。私も中国を離れた後に見つけたのだが、中国のビジネスの現場について学ぶには、最初に読むべきとお奨めしたい。面白く笑いながらスラスラと読める本だ。 

2001年、天津伊勢丹に社長として赴任することになった著者は、妻には一緒に行かないと言われ、それまで縁がなかった中国に単身で渡る。伊勢丹には、いくつかの海外拠点があるが、中国の拠点は生活環境と仕事面の厳しさから最も人気薄で、他の海外拠点には出ない「ハードシップ手当」が中国赴任者だけに出る。これは、「そこで暮らすことのつらさ」に対する手当なのだが、天津はなんと月10万円だった。

4-2.jpg                      (天津駅前からの都市の風景:建設クレーンが目立つ)

 

実際に、中国勤務の日本人でストレスから心身を病む人は多い。環境汚染や、不衛生な環境からのストレスもそうだが、何といっても、常軌を逸していて「どうしようもない」として諦めるしかない困った言動に遭遇することがあるという。筆者の例で言えば、「三年も履いた靴に穴が開いたから取り替えろという苦情で、お客様が社長にあわせろと騒いだあげく、事務所のドアを蹴破ったりするような」問題が次々と起こる。(誤解のないようにしたいが、私の経験では、ほとんどの中国人はそのようなことはない。実際には中国人も多様だし、とても親切な人も多い。)

それだけ苦労が多い現場だと考えられていた天津の現場に赴任をすると、日本人駐在員のマネージャーが、(日本の常識では当然のことをやらない)中国人従業員に対して怒鳴っている。それを見た著者は、自ら率先して中国人従業員を一人前として尊敬して扱い、連帯感のある売場作りに取り組む。「社長は来たばかりだから分からない。中国人にそんな甘い事を言っていたら仕事にならない」という他の日本人からの反論を受けながらも、日本人と中国人が一体となって、日本の高いサービス哲学を持ち込んだ売場の改革を成功させてゆく。

SARS(天津も感染地域として指定された)や、反日運動(伊勢丹も標的となった)といった苦難を経験しながらも、高いサービスが中国人の心をつかみ、また、日本展(太鼓演奏、のど自慢、盆踊りなどの催し物)を大成功させるなど日中友好の象徴的な存在としても貢献してゆく。そうしているうちに、経済発展と富裕層出現の波に後押しされて、2003年頃には一瓶(一か月分)一万円以上の美容液が飛ぶように売れるようになり、また数年すると、百万円以上のハンドバックが次々売れ出し、業績が向上してゆく。

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                                           (天津伊勢丹)

 

天津伊勢丹元社長のメッセージ

この本の著者である天津伊勢丹元社長稲葉利彦氏は、「中国人との間合い」を身につけることは必要だが、中国人は一生の友人になれると感じながら、社員、地域社会、取引先等々と相互に信頼関係を築いていった。(この本は、その「中国人との間合い」の秘訣を中心に書かれたもので、興味があればぜひ書店で探してみていただきたい。)

 2004年のサッカーアジア杯日本対中国の決勝戦に関する緊張や、2005年の大規模反日運動など、国家と国家、という枠では未だに日中間で強い緊張は生じうる。しかし、「国家という裃を脱いで、ふつうの生活レベルで交流すれば日本人と中国人は必ず仲良くなれる」と著者は確信する。その上で、他の日本人にも、中国人とのつき合い方を学び、中国人とのビジネスで成功してほしいというのが著者のメッセージだ。

Atsushi 062-320.jpg                                           (天津伊勢丹)

 

北京大学交換留学の個人的な総括
以上、天津伊勢丹のストーリーは、私の短い北京での留学経験から言えることをはるかに超えて、読者の皆さんにいろいろと考える材料を与えてくれると思い紹介した。私にとってそれは、国内でもはや高い経済成長を望むことができない日本人が、新たに台頭している巨大な新興市場に目を向ける心構えと、そこでのビジネスにおいて合理性を超えた社会・文化的な障害を前向きに受けとめる姿勢の大切さだ。天津伊勢丹のストーリーは、そのような建設的な心構えと姿勢を持ちながら、実際に日本企業がビジネスを成功させた素晴らしい事例と言えるだろう。日本の百貨店業界は、経済成長の低下と人口の減少という構造的な問題のなか、低成長に苦しんでいる。伊勢丹が高成長市場中国において、日本の小売サービス文化の強みを生かしながら成功したことは、そんな日本の百貨店業界に希望を与えてくれるものだろう。

 一方で、この本の著者も指摘しているが、日本人が中国でのビジネスで苦しむ背景の一つに、中国人が日本人を嫌う以上に、日本人が中国人を嫌う姿勢があるとしたら問題ではないだろうか。それも、多くの中国人が日本のことを体験的に知らずにイメージだけで捉えているのと同様に、大半の日本人もイメージだけで中国人のことを考えているだけのように思う。

 北京を離れる最後の夜、友人が送別のための夕食を開いてくれた。その夕食の場で中国人の友人がこんなことを聞いてきた。「日本人のほとんど(確か、60%とか70%といった数字だったと思う)が、中国のことが嫌いだという調査データをみた。それはどうしてなんだ。」とてもセンシティブな質問だと思うが、彼なりに、彼の初めての日本人の友達である私を本当に信頼するためには、どうしても避けられない疑問だったのだろう。 Atsushi 057-320.jpg

                                  (天津伊勢丹前の通り)

質問をしてきた中国人の友達には、私なりの言葉で過去と現在の日中関係の理解と思いを伝えた。すると、「そういう風に考えてくれている日本人がいることがわかって、とても安心した。」といって笑顔を見せてくれた。彼の他にも、数は多いわけではないが、私のことをよき友人として信頼してくれる中国人の友人もできた。 

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                                (戦争の碑と進むビル開発:天津)

 総括として、私自身は交換留学をする選択をしてとてもよかったと思っている。もちろん、Kelloggというトップビジネススクールで学ぶ3ヶ月間を捨てることは、アカデミック面でも、費用の面でも、ペイすることばかりではない。また、マーケティングリサーチプロジェクトを行う素地があったという幸運や、一緒にKelloggから北京に交換留学したメンバーに恵まれたといった、計画していなかった偶然がなければ、満足度は低かったかもしれない。しかし、今年初めて中国に来る前には、これだけ地理的に近接している経済大国であるにも関わらず、中国に関して、ノイズの多い報道を基にした漠然としたイメージしか持っていなかった。そこから、留学先の国について学ぶ興味を高め、学びから思い込みや偏見が生じないように実際の体験を通じて学びを高めるための、自分なりの工夫をして、一通りの中国に関する勉強と経験ができた。今後も、交換留学で得た異文化経験を生かし、その国に対してアンテナを立て続けることで、この経験をより価値のあるものとしてゆきたいと思う。

 

(長い文章、最後までお読みいただきありがとうございました。)

 

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このページは、Kellogg在校生ブログAdminが2009年1月 4日 01:39に書いたブログ記事です。

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