Japan Night 2008:最高の夜祭を夜露死苦

| | コメント(0) | トラックバック(0)

大分時間が経ってしまいましたが、5月30日(金)に開催された日本人会主催の伝統行事であるJapan Night(以下、JN)について、Directorを努めました新2年生のHSからご紹介させて頂きます。

Evanston-1-320.jpg

それにしても今思えば本当に長い道のりでした。2年生(当時)から引継ぎを受けたのが07年の11月頃。今年に入ってからは運営リーダーチームでweeklyのミーティングを重ねること約5ヶ月間の間は、勉強の間もしばしばJNのことが頭から離れない状態が続きました(JNの片手間で勉強していた時期もあるという噂も。。)。DIRECTORを引き受けるに当たっては当初はやや軽い気持ちだったものの、時を重ねるにつれてその重さに押しつぶされそうにもなりましたが、JNが終わり振り返った今はケロッグにとって、日本人コミュニティーにとって、そして自分自身にとっても非常に素晴らしい経験ができたと心底感じています。

たかが学生主体のイベントに過ぎないと思ってしまえば簡単です。が、振り返ってみれば一連のプロセスで学んだことは、これからも様々な面でその教訓を生かせる貴重なものであったと言っても過言ではありません。今回は、当日の模様もさることながら、どのようなプロセスでJN開催のマネジメントを行ったのか、という点を中心に書かせて頂きます。

1.2年生からの引継ぎ

最初JNの話を確かアラムナイの方づてに聞いた時には、「所謂どこの学校でもやっている日本文化を紹介する出店を出して酒でも飲ませて盛り上がる会」だろうと高をくくっていたのですが、2年生の前リーダーから引継ぎを受けるとその印象は一変しました。「昨年は300枚のチケット完売」「2時間半のパーティー」「運営は全て日本人」「学生寮のホール貸切り」「2週間前は略毎日出し物の練習で殆ど勉強できなかった」「昨年度は大好評だった」「やるには全員の覚悟が必要」などのフレーズを聞かされるに連れて、当初の認識が甘かったことを思い知らされました。

 

Evanston-2-320.jpg


昨年度の成功はその後も我々を苦しめることになります。いわば「昨年も成功したのだからそのやり方を踏襲するべきだ」「いや、我々独自のオリジナリティーをより意識し新たなものを創り上げるべきだ」という両極の意見の狭間で揺れ続けた準備期間でもありました。結果としてみれば、踏襲した部分と新たに創り上げた部分は、個人的な見解では半々程度といったところでしょうか。時間的制約がある中で、効率性とオリジナリティのトレードオフについては、リーダー間でも最後まで議論が絶えない部分でした。

2.リーダーズミーティング

毎週1回、夜2時間を割いて行ったリーダーズミーティングでは試行錯誤の連続でした。通常、我々は各科目ごとにケロッグ伝統のGroup Studyを行いますのでグループミーティング自体には比較的慣れていると思います。ましてや、言語やバックグラウンドの問題から意思疎通がとり難い勉強科目とは異なり、メンバーは全て日本人である程度気心も知れているというのは大きな違いがあると思っていました。然し、スムースに事が運ぶかと思いきや、Weeklyのミーティングは時として予定時間を大きくオーバーして深夜に至ることも度々でした。

Meeting-320.jpg


個人的に一番印象に残っているのはメインテーマを決定した時のミーティングです。「スタッフの日本人全員が同じ方向を向いて動く為に我々の共通スローガンを決めよう」ということでディスカッションを開始しましたが、いざ考え出すと簡単そうで難しいものです。2時間程苦しみ様々なアイディアが出ましたが、結果としてみれば我々がJNを通じて何を訴えたいのか、ということについて改めて考えさせてくれる良い機会になりました。最終的には非常にシンプルに、「1.一致団結して、2.日本の文化を通じて、3.最高の夜祭りを!」ということになりました。日本人MLへのスローガンの連絡は48フォントでバックグラウンドはサムライブルー、ということでテンションを高めてみましたが、送信時間が夜中であるにも関わらず日本人同級生からは暖かいFeedbackのメールを何通も頂いたことを良く覚えています。
 

3.トラブル多発

色々案を練っているつもりでもやはりトラブルは付き物です。想定していたつもりでも、中々「教科書」通りに事が進まないこともしばしばでした。勿論、JNの「科目」の教科書は存在しませんが。。先ずは肝心の日程が決まりません。当初予定していた日付は他の人気パーティーの予定が入り断念。約1ヵ月後の次の日程は3連休の前日に当たる為、特にアメリカ人のクラスメートの多くが帰郷してしまう為やはり断念。ということで5月末、期末試験の1週間前の金曜日の夜に最終的に決まったのは約1ヶ月半前のことでした。

また、その日程についても我々が予定を入れた後から、人気のあるラテンアメリカ系のパーティーが同日にぶつけてきました。そのパーティーはラテンアメリカ人コミュニティーが中心となって開催するもので、所謂「Party People」には伝統的に大人気のイベントです。そこで早速そのパーティーの主催者と連絡を取り、時間を微妙にずらしたりお互いの連携についてディスカッションを行い不確定要素(=リスク)を潰しにかかりましたが、JNにどの程度のお客さんが入ってくれるのか分からない状況でした。ところがいざ蓋を開けてみれば、最終的にはマーケティング戦略の成功や40名近い日本人学生による口コミの宣伝効果もあり、360名ものチケット販売に成功しました。ケロッグ生が1学年で600名弱ですから、家族や友人などを入れてもかなりの割合がチケットを買ってくれたことに本当に感謝しています。


struggle-320.jpg


 
4.出し物の事前練習

ここまで書いていて、「JNって何をするの?」という点に触れていませんでしたので簡単に説明します。5月最終金曜日の7時からKellogg生の学生寮の1Fスペースを会場として借り、前半の1時間は主に日本の祭りをイメージした出店(書道で名前を漢字で書いてあげる出店、ヨーヨー釣り、ゲーム、屋台形式での食事サーブ)に来場者を引き込み日本食(寿司、照り焼き、讃岐うどん)に「舌を巻かせた」後、後半1時間ではプロによる太鼓演奏・剣道等のパフォーマンスに加え、日本人1年生を中心に演舞、寸劇、ダンスといった自分達で企画したパフォーマンスをステージで見せ「腰を抜かせる」というのが基本的な狙いです。

当然食事の調達、開場飾り付け、マーケティング、人員シフト、音響手配、等、様々な事前準備が必要なのですが、一番大変だったのはやはり我々自身による出し物の練習でしょうか。基本的には1年生25名余りの略全員がステージに立てるように配置を行い、各パート毎の練習を行い当日に備えたのですが、JNの2週間前からはコアメンバーは毎日2時間程度練習に割いていた状態でした。30歳を過ぎ馬鹿騒ぎも既に卒業したビジネスマンが、朝7時から毎日マンションのパーティースペースや空き教室で集まりアイディアを出し合いながらダンスと寸劇の練習する、というのは普通に考えれば異様な光景ですが、全員が真剣そのものでした。不器用な私は心優しい(?)同級生からの駄目出しを食らい、自宅でもダンスのビデオを見ながら「自主練習」にも励みましたが、それを見ていた娘が振り付けを覚えてしまう程でした。寸劇のネタがなかなか決まらず同級生に心配を掛けてしまいましたが、走り始めた後はカイゼン提案の繰り返しにより日々パフォーマンス力の向上を感じることになりました。

5.そして当日

事前準備も大変でしたが、当日の準備も慌しさという点ではそれに劣らず過酷なものがありました。会場への音響機材の運び込みに始まり、会場の装飾、当日のシフト繰り、食材・ドリンクの運び込み、その合間に寸劇・ダンスのリハーサル、と次から次へとやるべきことをこなさなくてはならず、当初想定していたことの1/3も出来ない状況でした。でもそこはやはり日頃鍛えたチームワーク精神旺盛なケロッグ生の集団ということで、誰からともなく個々の仕事に於いてリーダーシップが自然発生し、何とか7時の開場にはぎりぎり間に合わせることができました。

開演の前に行った鏡開きでは、DIRECTORである私が鏡割り初体験(普通は皆そうだと思いますが)ということもあり強く蓋を叩きすぎてレンタルの酒樽を壊す、というアクシデントにも見舞われましたが、会社の同僚同士による息の合ったW司会により助けられ、概ねスムースにステージは進んでいきました。一部には「顔セレ」があったと噂の演舞チームによる初っ端の演技が開場の熱気を最高潮に高め、その後の太鼓・剣道の業者によるパフォーマンスに上手くバトンが渡されていきます。
 

JNのクライマックスで、私自身も1役者として出演する寸劇・ダンスパートを迎えました。600個の目が注がれる中、我々の緊張は最高に達していましたが全てを出し切ることが出来た為、結果としては大いに来場者の方に盛り上がって頂けたと思います。パフォーマンスの中身を一言で表すのであれば、「ヤクザVSケロッグの戦い?リンボーダンス頂上決戦」といったところでしょうか。とにかく、私個人としては人生で一番沢山の方から歓声と応援と拍手を頂いた経験になったことは間違いありません。閉会後の打ち上げでは全員と抱き合い喜びあい酒を酌み交わすことで、それまでの苦労が一瞬にして消え去ったというのは決して大袈裟ではありません。何より運営側も含めて皆さん全員に楽しんで頂けたようなので、本当にほっとしました。


Enbu-320.jpg


Skid-320.jpg


6.最後に

ケロッグに来る人はそれぞれ皆さん色々な目的を持っていると思いますが、私にとっては恐らく2年間の学生生活の中でJNが最も印象に残ったイベントになるのではないかと思っています。アカデミックな内容でもクラブ活動でもありませんが、一つのプロジェクトに最後まで関わり大勢の人とチームを組んで最後までやりぬけた経験は、非常に楽しくもあり大いに勉強にもなりました。この場をお借りしてご協力頂いた方に感謝申し上げると共に、出来ることなら来年以降も良き伝統が続くことを祈っています。

以上、Class of 2009 H.S.


トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: Japan Night 2008:最高の夜祭を夜露死苦

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.kelloggalumni.jp/mt/mt-tb.cgi/178

コメントする

このブログ記事について

このページは、HSが2008年8月26日 00:09に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「ACE 2008(その1)」です。

次のブログ記事は「奥様ブログより(1)」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。