授業から帰ってテレビを着けたら、懐かしい音が聞こえてきた。太鼓とラッパの音に乗って、「マリーンズーーーオーオオーー」。「ぱーぱぱらぱらぱー千ー葉ー!ロッテー!」。
何だろうと思ってみてみると、僕のお気に入りのスポーツチャネル、ESPN2で、日本のプロ野球の、千葉ロッテの試合が映し出されていた。
なぬっ!?と思って暫く見ていたのだが、どうやら「THE ZEN OF BOBBY」というタイトルの、ボビー=バレンタイン監督の千葉ロッテでの軌跡を描いたドキュメンタリー番組らしかった。
余りに懐かしかったので暫く見ていたのだが、非常に素晴らしい番組で、心にぶっ刺さったため、思わず2時間見入ってしまった。
余談だが、アメリカのスポーツ関係のテレビ番組を見てると、時々、心を揺さぶられるような、物凄くいい番組に出会うことがある。個人的には、毎シーズン発売される、NBAの優勝チームのシーズンの軌跡を描いたDVDが大好きで、毎年それを見て何度か号泣しているが、選手の挫折や挑戦を含め、いろんなリアルを描き出している素晴らしいフィルムが多い。
つくづく、この国の、スポーツを囲む文化、価値観、情熱、夢、全てが本当に素晴らしいと思う。その理由だけでもこの国にいたいと強く思わされる。
この番組も、曲もむちゃくちゃ渋くて、「プロジェクトX」的なナレーションが入るわけでもなく、淡々と進むんだが、味が出てて、ほろ苦くて、リアルで、心に染み渡り、突き刺さる番組だった。
その番組の中で、2004年に千葉マリーンズに来てから、2007年にパリーグのクライマックスシリーズの決勝で日ハムに敗れるまでの、ボビーの日常や、シーズンを通しての感情や想いが描かれていた。
その中で彼が言っていた幾つかの言葉や、彼の行動する姿が強く心に焼きついた。
(野球好きの方、千葉ロッテファンの方には周知の事実かも知れませんが、僕はあまり詳しくなかったので新鮮でした。。。)
野球を心から愛し、日本の野球を心から愛し、日本のトップ選手たちがMLBに流出し、野球の人気に陰りが出ていること、日本の野球のレベルが下がることに強い危機感を抱き、何とかしようと苦闘する姿が印象的だった。若手選手を育成し、職業としての野球選手の層を広げるべく、日本にメジャーリーグ型のマイナーリーグを設立しようと奮闘する姿。
「日本の野球のレベルは高いのに、経営は本当に末期的に古い。何とかして経営から良くしなければ、日本の野球は人気もレベルもどんどん低下してしまう。それに何とか歯止めを掛けたい」と言っていた。
自ら現場と球団経営の距離を縮め、より多くのファンに球場に足を運んで貰うためにあらゆるアイデアを出し続ける姿。ボストンレッドソックスとの球団経営に関するアライアンスを結び、最先端の球団経営を取り入れよう、それによって日本の古い野球の体質を少しでも変えてやろうと戦う姿。
少しでも地元での野球の人気を盛り上げようと、常日頃散歩がてら、地元の人たちに気さくに声を掛け、冗談を言い、仲良くなってチケットをあげたりする姿。地元のお祭りで、どんなにたくさんのファンに囲まれても、笑顔で「はいはいー。ありがとーねー」と日本語で握手し続ける姿。
選手たちを信じ、メッセージを発し続ける姿。
「リーダーは宣教師だから。パッションと価値観を何度も何度も何度も何度も、言葉に発して伝えなきゃだめだ。そうしなきゃ組織は変わらない。でも辛抱強く、メッセージを発し続け、その価値を自ら体現し続ければ、必ず人は変わる」と言っていた。
「自分の日本語は小学校6年生レベルだと思う。コミュニケーションを取れるかって訊かれると、正直、どうだろ。でも、少なくとも、自分のコミットメントとパッションは伝えられていると思う。コミットメントとパッションさえ伝えることが出来れば、人々をドライブすることが出来る。変えることが出来る」
彼は日本人じゃないけど、野球を心底愛し、日本の野球のために人生を掛けて、文字通り魂を削って、情熱を燃やして、生きていた。
異国の地で、言葉と文化の壁を越えて、苦しみながらも、日々戦いながらも、そのプロセスを心底楽しんで生きていた。最高に輝いて見えた。
ビジネスの世界の人ではないけど、「見えないもの」を見て、その想いの振動を人々に伝播させ、やがて大きな波、うねりを起こし、世の中にポジティブな変化を与え続ける、非常に尊敬できる最高のリーダーの一人だと思った。
その生き様を見て、胸が熱くなり、心を強く揺さぶられた。自分の人生についての自省を促してくれた。
Kelloggに来てずっと、自問自答を続けている。
自分が、持てる能力の全てをぶつけるべきフィールドって何だろうか。文字通り、魂を削るほど、情熱を燃やせるものってなんだろう。自分が人生を懸けられるものってなんだろう。そんな生き方ってどんな生き方だろう。死の床で後悔しない生き方って何だろう。そして、現実的なレベルの話としては、卒業して、自分はどういう道を選ぶべきなんだろう。
いくつかは、なかなかスパッと答えが出る話でもないし、もしかしたら一生掛けても答えの見つからないものもあるかも知れないが。
そうやって情熱を燃やせる、全力をぶつけられる、心から熱くなって打ち込めるようなことが出来るのが一番幸せかもな、と、改めて思った。
Kelloggでは、授業や就職課で、よく、「世間がカッコいいとする仕事かどうか」「給料が高い仕事かどうか」「皆が、友達がやりたい仕事」「ランキングが高い仕事」なんて軸は絶対に本質的じゃないし重要じゃないし、そういう軸に捕らわれている限り、結局幸せにはなれない、「自分に取って大事な価値は何か」を常に考え続け、「それを満たしてくれる仕事かどうか」という本質的な軸で仕事を選べ、自分に嘘はつけないよと、耳にタコが出来るほど繰り返し聴かされてきた。そしてまた、残念ながら前者の軸で仕事を選択し、後悔することになる人も多いと言われる。
キャリアや仕事に対する価値観に関しても、Kelloggに来てから、幾つかの点で、入学した頃は予想していなかった部分も含め、大きく考え方が変わってきているところもある。いろんな価値観、いろんな人のいろんな生き様に触れ、また、(こっ恥かしいくらい月並みな表現で恐縮だが)世界から客観的に見たときに日本がどれだけ小さい存在で、特に、10年、20年、30年という時間軸を加味したレンズを通してマクロな絵柄を眺めたとき、どれだけ寂しいことになってしまっているかも何となく理解できてきた。
一方で、やっぱり日本に対する誇りや、日本に触れたときの懐かしさや暖かさや心地良さも深いレベルで自分に刻み込まれたものなんだということにも気づいた。それらも踏まえて、「どう生きるか」について、納得がいくまでじっくり考え続けよう、今しか触れられない貴重な刺激に触れ続けようと改めて思った。
Kelloggにいると、日本にいて、仕事をしていた頃には到底経験できなかったレベルで、これらの問いと対峙する機会、それらの問いに対する思考を促す刺激に多く出会う。それだけでも、苦しい受験を経てこの場所に来た甲斐があったと心底思う。残された一年間、引き続きじっくり考えて行こうと思う。
図らずも、日本のプロ野球とそこにいる一人のアメリカ人の生き様を通して、そんなことを考えさせられた夜でした。
IM Class of 09
コメントする