09の松山です。
ここらでもう一発、気合を込めたガチンコ授業ネタを行かせて頂きます。
授業の中には、受ける前の期待値と、実際に受けてみてからの評価が大きくずれるものがある。想像していたよりも良かったものもあれば、当然、残念ながらその逆もある。
この冬学期にも、受ける前の下馬評では正直余り期待しておらず、完全にノーマークだったにも関わらず、実際に受けてみて、「おわっ!これは!?かなりいいんじゃね?」と予想外に良かったダークホース科目が一つあった。今回はその科目、「マイクロエコノミクス」について書かせて頂こうと思う。
(以下、読んで頂くに当たり、あくまで個人的な感想である点をご留意戴けると幸いです。当然のことながらその人のバックグラウンドや価値観、性格、感性、学びのアンテナの向きによって、学びや感想は全く異なったものになることをご了承下さい。また、学生自治会のルールにより、授業や教科書の具体的な内容を記載する事が許されておらず、あくまで個人の感想という形を取らせて頂きます。)
そもそも、どういう科目か?
無理矢理一言で言うと、所謂マーケットメカニズムと企業の経済性の基礎について学ぶというもの。塊としては、需要供給曲線による価格決定メカニズム、政府介入(価格統制/補助金)の影響、利益を最大化する価格設定、ゲーム理論と戦略的行動、といった話が含まれている。
いわゆるコア科目(必修科目)の一つで、(学部時代にマイクロエコノミクスを履修しかつ成績が良かった者が利用できるwaiver(免除)制度を利用した場合を除き)全員が1年生の間に受講する必要がある。
授業では、実在の企業を題材としたケースを使い、レクチャー/クラスディスカッション/グループワークを通してそれらの理論を学んでいく。また、個々人が企業の役割を演じたシミュレーションを行ったりもしている。
実は、ケロッグならではの分野
日本では、過去何十年に渡ってマーケティング理論の太祖、フィリップ・コトラー教授の著書が広く読まれてきたこともあり、一般的には「ケロッグ=マーケティングに強い学校」という認識が根強い。だが、実はこの辺のマイクロエコノミクス系、ディシジョンサイエンス系(統計、及びゲーム理論も含まれる)といった、『定量分析やデータに基づいた科学的な戦略思考と意思決定』の領域は、マーケティングと並ぶケロッグのもう一つのDNAであり、お家芸だ。
日本語訳版の教科書「戦略の経済学」の著者デイビッド・ベサンコ教授を初めとしたこの分野のスタープレーヤーたちが揃っている。(この教科書、ちょっと分厚くて敷居が高く見えるが、好きな人は相当ハマる内容だと思う。ちなみにこの先生は僕が人生で出会った数少ない「この人ホントの天才だ」と思わされた、「選ばれし人々」の一人。CPUの処理能力が明らかに違う。しかも超人格者で、話がめちゃくちゃ面白い。)
個人的には、「科学的に勝つ」とか「必然的に儲かる」とか、「数字とロジックに基づいてバチッと正しい意思決定をする」みたいなことが好きな自身の志向からするとかなりフィットする学校だと感じている。
別に自分の学校を弁護する気もさらさら無いが、悲しい哉、一部の古い世代のビジネスパーソンの方が「なんかフワフワした科目に強い学校だよね」、「数字も無しでビジネススクールで何を学ぶの?」という、かなり誤った先入観に基づいたケロッグ評を持ってらしたのを覚えている。だが、現実はかなり違うどころか、むしろその逆で、「数字こそがこの学校の強みの源泉」なんじゃないかと思うし、その考えは入学して授業を受けてみてさらに確信に変わりつつある。
にもかかわらず、この科目、受講前はぶっちゃけ完全に「安牌」でした。
コースカタログを見て、科目名を読んで、日本語に訳してみて、直感的に嫌ーな匂いを感じてしまった。「ミクロ経済学」...?うっわ何かキナ臭え。
どっかで聴いたよこの名前。ああ、そうだ、大学時代だ。と、想い出は8年前に遡る。体育会一本やりの崖っぷち不良学生だった僕は、卒業に必要な単位数を揃えるのに必死だった。そんな中、楽に単位が取れるからという理由で「ミクロ経済学」を選択していた。(ホント末期的に不真面目なダメ学生でした。。。)
そんな意識レベルとテンションで勉強していたこともあり、当然のことながらその科目が本来持っている面白さや学びは得られるはずも無く、試験直前に目を通したノートのコピーから何となく「実践とは掛け離れた理論先行の小難しい科目」というかなり偏った印象を持ってしまっていた。
従って、「またあれかい!」と。「なんであんな使えやしない経済学なんてやらにゃいかんの。もっと、具体的なストリートファイトの仕方を教えてよ。そういうこと勉強しにMBAに来たんだから。」と偉そうにも思っていた。
加えて、「必修科目は基礎だからつまらない。語学を学ぶ上でアルファベットを学ぶようなもの。本当にワクワク出来て学びがある科目は選択から」という何とも根拠レスな仮説に基づき、恥かしながら、きちんと内容を吟味していなかったし、正直期待もしていなかった。「こんなんとっとと終わらせて、早く選択科目にならないかな」とすら思っていた。
(従ってこの科目、もしもコアじゃなくて選択科目に入っていたら、間違いなく、名前を見ただけでろくに内容のリサーチもせずに素通りするという食わず嫌い科目になっていたはず。今考えると、ある意味コアに入っていたことに感謝。)
受けてみて、『おりょりょ?』
さて、そんなボロボロの下馬評の中、実際に受けてみての感想は、図らずも『あれ?これって・・・てか、すげえいいじゃん!!』だった。
非常に知的に面白い。好奇心を強く搔き立ててくれる。頭の中でいろんな変化を起こしてくれる。且つ、実際の経営を考える上でも間違いなく役に立つと感じられる授業だった。
大学時代のミクロ経済なんて微塵も覚えちゃいないので、もはや比較することすら不可能なのだが、こんな感動は微塵も無かったし、スコープももっと理論寄りの、ジェネラルでマクロな経済学の話が中心で、「じゃあ企業としてはどう動きゃええねん?」という具体的なSo what?とは掛け離れていた気がする。(ん?あれは今思うとマクロ経済だったのかな?)
が、この前提条件が大きくずれていた。今回のはリアルワールドの業界/企業を使い、個々の企業が喧嘩相手とどう殴り合えばいいのか?という問いに軸足を置いた、ビジネススクール仕様の授業だった。一般的に持たれている「ミクロ経済学」という日本語の語感とはフィットしない、「マイクロエコノミクス」という別の科目だと感じた。
そんな訳で、思いがけず、「この授業いいね!」ということに。
何が良かったのか?何が得られたのか?
じゃあ、具体的に何がどう良かったのか。10個も20個もあるテクニカルな知識や数式なんて本質的じゃないと思うし、仕事でそれをダイレクトに使い続ける環境に身を置かなければ卒業した瞬間忘れるだろうし、そもそもルール上このブログでは個別具体的な内容をお伝えすることが出来ないため、上位レベルの SO WHAT?に絞って、自分なりにいい思った点、この授業から得られたものを6つほど、バラバラと紹介させて頂こうと思う。
1.経営戦略を考える土台としての『自然の摂理』
これに尽きるかも知れない。
どういう力学で富と物が動き、価格が決まるのかを徹底して分解して学んでいる。
言い方を変えると、企業間の競争という名のゲームのルール、自然界に於ける生存競争を司る、大きな自然の摂理みたいなものを学んでいる。
自分たちが戦争をする戦場は、どういう地形でどういう天候なのかとか?とか、原則として、どういう場合はどう動くべきで、そうすると相手はどう出るものなのか?とか。将棋や囲碁で言うところの「定石」だったり、スポーツに於ける戦術のセオリーに当たる部分を自分の骨肉としてじっくり刷り込むプロセスを辿っている。
企業間の戦いの中で起こっているあらゆる現象の根底に流れている法則を「なんとなく」「肌感覚で」察知していたものを、敢えて、ロジックと数字で証明する。そして、なぜそれが起こるのかというメカニズムまで降りて腹落ちさせる。

これまでの仕事の中で、戦略や戦術を考える上で、「直感的に、本能的にそうしていた」、とか「理屈抜きに当然そういうもんでしょ」と思っていた部分を、ゴリッと説明可能な形に翻訳してくれている。
「ボールを貰ったら必ずゴールを見る」とか、「速攻の局面では必ずボールに向かって動きながら捕球する」など、ガキの頃から当然のこととして教えられ、深く理由を考えることなく完全に習慣としてやっていたことを、「そもそも何でそうする必要があるんだっけ?」という根元の部分からガッチリ理解していくプロセス。
それらを「延髄反射」で処理する暗黙知としてでなく、形式知として意識的に行えるようにするプロセス。
これに伴い、過去に関わった経営戦略や意思決定に関して、「あの時の戦略ってこういう深い狙いもあったのか!」とか「しまった!あの時はもっとああいう視点での長期的な守りを考えるべきだった」といった経験からの反省が促される。
こうやってPrincipleを学ぶことで、圧倒的にプレーの安定性が増し、引き出しが増え、それを軸に創造性を働かせることでプレーの幅も大きく広がると思う。極めて経営者視点で、非常にいいトレーニングになると思った。

2.思考の刺激剤
例えば、需給バランスによる価格決定のメカニズムなんて、どんな教科書にも載っているし、中学生でも理解可能な話。だが、この例一つ取っても、実際の事例を元に授業を受けると、結構いろんなことを考えさせられる。
例えば、自分が起業して『ぼろ勝ちする』、『べらぼうに儲ける』ためにはどうすりゃいいんだ?筋がいい戦い方、筋がいいフィールドはどこなんだ?みたいな思考を相当ドライブしてくれる。
一般的に教科書に出てくる、グラフのど真ん中でサプライカーブとデマンドカーブが交差するマーケットなんてのはそもそも筋が悪くて、交点が左上、悪くても右上ベタッと張り付くようなフィールド(つまり、デイマンドが右端に垂直に立ってるとか、サプライが左上にへばりついてるとか)ってどこなんだろう、とか。
もっと言うと、そもそもこの需要供給と企業間の競争によって価格が収斂するメカニズムから完全に解き放たれて、自分の意思で価格設定できて買い手もキレない市場(実質的な独占状態や需給バランスが局所的に思いっきりズレてる所)が一番筋が良くて、
要は、自分でそれを定義し直して作り出しちゃうか、5年後に出現するそういうマーケットを嗅ぎ分けて一番乗りするかした上で、仕組みで守る、または、そういう市場を継続的に作り出し続けられる奴が一番おいしくて、要はそういう奴になりゃ勝ちなのね、とか。
そういうマーケットって、こういうのとかああいうので、だからあの企業は筋が良くて、今は儲かってるあの企業の春は長く続かなくて、逆に自分で今まで考えてたあのアイデアはこの点に関しては相当筋悪だったな、などなど。
そういうことを一通り思考実験した上で起業するのと、パッとした思いつきだけでフィールドを決めて戦うのでは、悲惨な結果になっちゃうリスクは結構変わってくるんじゃないかと思った。
授業を受けているとこの手の妄想が尽きない。
あくまで一つの例だが、こういった形で経済学の初歩の初歩のコンセプトであるにも関わらず、広い範囲で思考を刺激する材料を大量にぶつけてくれる。

3.「理論もあながち嘘じゃない」
ゲームのルールを一度体系的に学ぶことは、実践に役に立ちそう、ということは何となく解ってきた。
しかし一方で、もう一つ払拭されずに残っていた「気持ち悪さ」が、「でも、そもそも経営やビジネスに於ける理論って、どのくらいリアリティあるの?」という疑いだった。
物理の法則じゃあるまいし、局面ごとの特殊事情がゴマンとあって、非合理的な人間同士の間で行われる経営の世界に、ホントに一般化可能で普遍的な理論なんて有り得るのかね?所詮は独りよがりの机上の空論なんじゃないの?という引っかかりが常にあった。
が、この授業の中で理論がホントに通用する事例やシミュレーションを見ることで、そうでもないのね、と思うに至った。
バイアスや例外を取り除いていった、裸の原理は、確かに理論の通りになるんだねと。ビジネスの世界にも存在する、理論と現実の間の強いリンクを教えてくれ、結果として、今後MBAを学ぶ上で心理障壁となっていたかも知れない、理論に対する根拠無き不信感を和らげるのに役立った。
個人的に結構衝撃的だったのが、ネット上の市場取引ソフトを使ったバーチャル市場での価格収斂の実験。クラスの40人が各々売り手と買い手に別れ、それぞれ個別の最低売り渡し価格、最高買取価格を与えられ、自分の利益の最大化を目指して市場で自由にトレーディングを行うというもの。最初こそルールが解らなかったり、大穴を狙ったりして市場価格がばらついたものの、ラウンドを重ねて皆が学習するにつれ、完全に理論通りの価格にビタッと収斂していった。
また、チームに分かれて競合企業の価格を睨みながら価格と生産量を設定するゲームでは、これまたセオリー通りの行動を取ったチームが最も勝つという事例を目の当たりにし、セオリーが実際の企業の行動をかなりの部分まで説明できることを見せ付けられた。
これって当たり前のことにも聞こえるのだが、一社一社がいろいろ知恵を廻らせて自社に最も合理的な行動を取った結果、市場全体として極めて予定調和なことになるという事実を現実に見せられ、素直にビビッた。
もちろん、これらはあらゆる条件をそぎ落としてシンプリファイした実験環境であり、現実にはもっと多くの変数が複雑に絡み合い相互の因果関係を織り成しているので、こんなに単純には行かないのだが、それでも尚、根元にある普遍的な一本の幹はあるんだねと。そして、敢えてノイズをそぎ落としたシンプルな前提条件の下でシンプルなモデルを導き出すことは、本質に迫るということを強く印象付けられた。
もちろん、理論先行に偏りすぎて頭でっかちになってしまってはだめで、上手くバランスを取る必要はあるのだが、それでもなお、「理論も意外と捨てたもんじゃねえな」という気付きは自分の中では大きな脱皮だった。

4.「自分が何が好きなのか?」を炙り出す
自分が何が好きで、何が嫌いなのかを知ることは、自分にとって今回のMBA留学の大きな目的の一つだった。一度仕事から離れ、ニュートラルにいろいろ見てみて、自らをメタ認知して、ホントにやりたいことを見つけるというプロセス。
マイクロエコノミクスを通じて、自分は意外とこういう世の中で起きている現象の根底に流れているダイナミクスを解明し、そこからのSo what?を考えるといった行為がすごく好きなんだと気付いた。
また、複雑に見えることを、『視覚化する』とか、『図式化する』ことも含め、誰もが直感的に解るシンプルなモデルとして整理し、そこから皆が気付いていない勝つための定石、裏技を導き出す、それによって「ぼろ勝ちする」みたいな行為に相当燃えるらしい。
これらの気付きは、なかなか日本で仕事をしていても気付かないか、気付いたとしてもそれが問答無用で目の前にある仕事であるがゆえにイマイチ確信が持てていなかったと思う。一度仕事と距離を置き、幽体離脱して自分を客観的に眺めることでこれらを確認できたことは正に値千金の価値があったと思う。
5.「基礎バンザイ」
ここまで書いてきて、我ながら、「何をそんなたかだかコア科目ごときで盛り上がっちゃってるんだ」と言われかねないなとも思う。はっきり言ってこの科目なんて、「ど基礎」だ。小2で習う掛け算九九で何をそんなに興奮しちゃってるの、みたいな目で見られてもおかしくない。
だが、必ずしもコアだからつまらないとか、入門編だから学びが少ないというわけでもないと思った。逆に、基礎だからこそ普遍的で本質的、基礎だからこそ面白いし役に立つという面も多分にあるなと感じた。
NBA(プロバスケ)の選手も、別にノールックでビハインドザバックパスみたいな高難度且つトリッキーなスーパープレーができるからNBA選手なわけじゃなく、誰よりも「ど基礎」を理解し、誰よりも「ど基礎」が出来ている(無意識に習慣として高いレベルで安定して行える)からNBA選手な訳だし。(でも少年たちはスーパープレーの真似から入るのだが。。。)
場合によってはこれから先学ぶことになる応用科目以上にこの辺の基礎科目の方が長い目ではキャリアを助けてくれるのかも知れないとふと思った。「この経営課題にはこのフレームワーク」、とか、「こういう企業にはこういうスキームの資金調達」、といった、ダイレクトに使えるハードスキルなんて、その仕事をやってりゃ自ずと覚えるわけだし、汎用性も低い。こういう誰もが知ってる原理原則をしっかりと頭の使い方の習慣として深いレベルで染み込ませることの方がよっぽど本質的だと個人的には思う。

6.「学びも楽しさも結局自分次第」
本科目、基礎で且つコア科目ということもあり、「あの科目は学びが多いから取るべき」的な話題に上ることは少なかった。「こいつ賢くてスピードあって優秀だな」と日頃感じていたチームメートのアメリカ人に「この科目いいよな!」と言ったら、「そっか?簡単過ぎてつまんなくね?」と一蹴され、理解されなかった。。。
ケロッグでは学生による科目と先生に対するの評価の数値が公開されており、どの科目や先生が人気があるかが一目でわかるようになっているのだが、実は僕が受けているこ科目もスコアを見る限り決して人気科目というわけではない。が、それでも尚、かなり学びの多い科目になっている。
(もちろん、逆に、マジョリティがいいと言ってる科目でも全くピンと来ないケースもある)
統計だけを見ればスコアの高い科目の方が学びの多い科目である可能性は高いのだろうが、ディアベレージして個人のレベルで考えると、完全に個別論になる。自分の興味や感性がちょっとずれるだけで、一般の評価と自分の評価が一致しない異常値は容易に生まれ得ると実感した。
「皆がいいと言うからいい、皆が悪いと言うから悪い」という危険で安易な先入観は捨てて、独自の軸をバチッと持ち、素直に学ぶしなやかさと、Don't believe the hypeで物事疑って掛かる姿勢の両方を使い分けるバランスを持たなくちゃいけないとつくづく思い知らされた。
結局、学びも楽しさもその人次第、つまり、自分の目的意識やモチベーションの持ち方、感性や学びの志向によって大きく振れ得る、極めてコントローラブルな要素なんだねと改めて気づかされた。
以上、一部かなりマニアックで上手く伝えきれない部分もあったと思いますが、マイクロエコノミクスのご紹介でした。長々とお付き合い頂き有難う御座いました!
松山達 Class of 09
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